「アンチゴーネ」のコーラス(V332−375) ソフォクレス
「不気味なものはいろいろあるが、
人間以上に、ぬきんでて活動するものはあるまい。
人間は荒れ狂う冬の波風に乗って、
泡立つ上げ潮に乗り出し、
さかまく大波の山の中をくぐり抜ける。
神々の中でも最も崇高な大地、
滅びず、朽ちぬこの大地をさえ、人間が疲れはてさせてしまう、
年々歳々、掘り起こし、行きつもどりつ、馬で鋤を引きまわして。
軽やかに飛ぶ鳥の群れをも人間が網にかけてとり、
荒れ地のけものも
海に住む魚も
思案をめぐらす男が狩りとってしまう。
山に宿り山をさ迷うけものをば人間は才智で牛耳る。
粗いたてがみのある馬の首やいまだ強いられたことのない牛にも、
木の首輪をはめこんでむりにくびきにつないでしまう。
語の響きと風のように早く理解するすべとに人間は精通している。
町を支配する勇気をも。
悪天候や霜などの害にさらされていても、
逃れるすべを心得ている。
いたる所を駆けずりまわっているうちに、経験したこともなく、逃げ道もなく、
人間は無へとやって来る。
たった一つの圧力、死だけは何としても逃げようがない、
危ない長患いでさえも、うまく逃げおおせることもあるのに。
如才なく
すべての望みをかなえとおす力を持っているので、
人間は、悪事をはたらくこともあるが、
勇壮のことをしでかすこともある。
大地の掟と神々に誓った正義との間を人間は通る。
そうゆう人の居所は高く聳え立っているが、
冒険をするために、
存在しないものを存在するものと思ってしまうような、
そんな人は居所を失ってしまう。
こんなことをしでかす人が
わが家のかまどに親しむことがないように、
そんな者の妄想が、私の知に混じりこまないように。」