浜離宮恩賜庭園
東京都中央区浜離宮1−1  電話:03−3541−0200
沿革
 1654年四代将軍家綱の弟の松平綱重(甲府宰相)が甲府屋敷と呼ばれた別邸を建て、将軍家の鷹狩の場とした。その後綱重の子、綱豊が六代将軍になったのを契機にこの屋敷は将軍家のものになり「浜御殿」と改められた。その後歴代将軍によって幾度かの造園、改修があったが、11代将軍家斉の時代にほぼ現在の状態になった。明治維新後は皇室の離宮になり「浜離宮」と改称した。明治12年には明治天皇と前アメリカ大統領のグラント将軍の会談も行われた。戦後皇室から東京都に下賜され一般公開されるようになった。
庭園構成
  海水を引き入れた汐入の池とふたつの鴨場を持つ江戸時代の庭である。南と西が海で、東が築地川という水に囲まれた景色である。園内には大きな木が茂り鴨場の雰囲気だ。鴨場は庚申堂鴨場が1778年、新銭座鴨場が1791年に作られた。鴨場の池には幾筋かの引堀(細い堀)を設け、小のぞきから鴨の様子を伺いながら、稗、粟などの餌とおとりのアヒルで引堀におびき寄せ、機を見て土手の陰から網ですくい取るという猟を行っていた。

▲小の字島とお伝え橋を望む。 本来はこの島にはお伝え橋はなかった。

▲鴨場にふさわしく鬱蒼とした森

▲護岸石組み  汐入の池西護岸をお伝え橋より

▲京都御所風の橋

▲中島の茶屋  鴨が多く飛来している。舟遊びのあと、この茶屋で将軍家の饗応の宴が催された。

▲浜景色(たかの茶屋前)

▲護岸岩組み  この庭園で最も堅固に組まれている岩組み

▲護岸には玉石により出来ていて汐の干満を楽しむ

▲汐見茶屋跡より新橋方面を望む  かつての鴨場はビルの森になっている

▲汐の干満に合わせて水門の開閉を行う

▲松の巨木
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