佐久間象山と八田家
 佐久間象山の「公武合体」「尊王開国」は坂本竜馬、吉田松陰、高杉新作らにに引き継がれたが、明治維新の四年前に凶刃に倒れた。ここでは彼の業績と彼を支えた松代藩の御用商人八田家について記す。京都で凶刃に倒れた場所も記した。

象山神社
@1811年下級武士の長男として生まれる
A23歳で江戸の佐藤一斎に塾に入門し、渡辺崋山、藤田東湖らと親交。三年間で帰藩し藩の子弟に漢学を教える
B29歳で江戸に塾を開く
C36歳帰藩し大砲、電信機を制作実演
D41歳江戸木挽町に塾を開き、勝海舟、坂本竜馬、吉田松陰、橋本左内を排出。吉田松陰密航事件に連座し投獄される
E44歳から9年間松代に蟄居される。この間に松代まで訪ねてきた高杉新作、中岡慎太郎らを薫陶す
F54歳(1864年)幕府の命令で京に上り将軍家茂・一橋慶喜・山階宮・中川宮に公武合体を説く。しかし7月11日三条木屋町で攘夷派の凶刃に倒れる
G四年後に開国され、佐久間象山の言う「尊王開国」が実現された

松代藩御用商人八田家 佐久間象山は当家で購入した書物を読み、かつ機材を使い電気的な器機を制作した。詳しくは信毎の本オンラインショップ|夢自在 旧松代藩御用商人八田家に吹いた風 ...

広大な敷地を蔵が取り巻く この蔵は松代大火災に焼け残った

松代群発地震にも耐えた蔵

巨石による三尊石

八田家所蔵の佐久間象山からの書状(32巻)と象山愛用の螺鈿細工の施された机
写真は「夢自在」 八田 千鶴 著  聞き書き 石川 利恵   信濃毎日新聞 より

▲歴史マップがある(木屋町通りの三条と四条の中間)

実際に暗殺された場所はホテルオークラ東側のの高瀬川沿い(マップC)右が象山、左大村益次郎

高瀬川と三条通りと交わった場所


高瀬川の桜
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