増井家 重森三玲(昭和31年)の清新な枯山水・茶室 登録記念物(名勝)指定(平成24年11月16日)
香川県高松市扇町  非公開
庭園
 特徴は何といっても中潜りがある茶庭であろうか。閉ざされた空間の中央部に衝立のように建っている。現在では表千家の代名詞ともいえる中門である。表千家の場合、書院席なので中潜りが躙口の役割を果たしているが、当家の場合茶室は重森によるものであるが、大部分は旧書院を生かしている。その為か「雲門」の扁額の斜め下に躙口があるが、重森は茶室前の空間を書院から遮蔽し、見え隠れする茶室を想像する目的で設置したのであろうか。
  次の見所は書院前の枯山水庭園である。深山幽谷を現す庭湖石状(中国の洞庭湖の石に由来する)の石を中心とした石組みである。この石は蓬莱山を表すといわれ、腰掛待合横の蹲踞と合わせて観賞すると、より一層の趣きがある。
  その他、香東川(ごうとがわ)の小石による網代模様と五剣山産出の敷石とで二重の州浜模様。低い縁側と庭園との一体感など(大徳寺・大仙院風)、何時まで見ていても興味が尽きない。
 
イサム・ノグチの件
  忘れてはならないことは、増井家の先代の奥さんが茶道を始として水墨画も画かれる趣味人であった。それに、とってもお美しい方なので重森先生ならずとも一目置かれた方ではないでしょうか。それ故か不明であるがイサム・ノグチがパリの「ユネスコ本部庭園」用の石を探しの四国に入ったときには、阿波国分寺を皮切りに、徳島での青石の選定、当増井家、保国寺(伊予西条)を重森とともに増井夫人も同行された。最後に越智家(伊予西条)で実際の造園方法を重森から指導を受けているときにも同席している。

▲庭に面した廊下は低く作られ、その脇にある石は廊下に面して配置されているため、庭園と建築が一体化されていて、何か懐かしく、いとおしい感情がこみ上げて来る。

▲雲門庵の中潜りと下地窓
  中潜り右側の下地窓がある。これは亭主が迎えに出て来る姿が見えるためである。客は亭主が出てくると、直ちに待合から出て、亭主が戸を開けて両手を付いて迎えるので、正客以下、前の飛び石の上で挨拶を交わす。

▲深山幽谷の風情が漂う蹲踞。当蹲踞葉鎌倉時代の美しいもの

▲中潜り周辺の雰囲気

▲高い垣根は重森のデザイン、その前の四方仏

▲四方仏の蹲踞

▲香東川(ごうとがわ)の小石による網代模様と五剣山産出の敷石とで二重の州浜模様。リズミカルで楽しくなる。奥には奥待合がある。

▲腰掛待合(書院前)

▲重森の書

▲「雲門」の扁額                       ▲襖のとっても重森のデザイン

▲重森のデザインによる襖

▲上記襖の裏側のデザイン

▲障子の腰板のも重森のデザインが

▲イサム・ノグチと重森が増井家を訪問(越智信男氏提供)
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