旧徳島城表御殿 千秋閣   豪華な石組と最高にメンテナンスされた庭園
徳島県 徳島市 徳島町城内1−9  電話:088−656−2525
沿革
  戦国武将蜂須賀小六の城だ。小六は秀吉の四国攻めで長宗我部の徳島城を落城させた。その功により秀吉から徳島城を与えられた。しかし、1600年の関が原の戦いでは息子の家正は豊臣との盟約を破棄し、隠遁した。孫の至鎮(よししげ)が徳川方につき功績を上げ、阿波25万石が安堵された。作者の上田宗箇も秀吉の側近として仕えていて、関が原の戦いでは西軍に属して破れた。しかし北政所や浅野幸長の助縁で死罪をまぬかれ、蜂須賀家の食客として3年間お預けとなっていた。庭はこの時に作られた。上田宗箇はその後名古屋城二の丸庭園や和歌山城西の丸庭園などを作った。
庭園の特徴
  当庭園は安土桃山時代を代表する豪華絢爛たる庭である。秀吉に仕えた上田宗箇は伏見城や円徳院の作庭に関与していると思われる。伏見城が取り壊された現在では、安土桃山時代を代表する最高傑作である。これだけ条件が揃った庭も珍しいと思う。その内容を箇条書きにしてその特徴を記す。
@枯山水部と池泉回遊式からなリ変化を持たせている
A神仙蓬莱思想:鶴島、亀島、作薬の洞窟多数あり
B陰陽和合による子孫繁栄:選び抜かれた奇岩
C龍門瀑、観音堂などの禅思想
D豪華な橋による景観のアクセント
 ・10.5mの大石橋(7:3に折ってい2橋とす):桃山文化の代表的な橋
 ・6mの切石橋:シャープな切石によるアクセント
 ・3mの阿波の青石(出島から陰陽和合の山):長方形の阿波の青石
 ・豪華な阿波の青石(鶴島と亀島をつなぐ):仙界の鶴島亀島をつなぐ橋は豪華で力強い
 ・玉かん流の深山幽谷に架かる橋:本来は峡谷に架る渡るに渡れない橋
 ・皺のある奇怪な橋(亀島と対岸をつなぐ):仙界の亀島に渡るにふさわしい奇怪な橋
E沢渡りの元祖:稀にみる沢渡りが二つもあり、池泉の回遊に変化を持たせる。大名庭園や明治、大正時代の沢渡りは渡るだけの機能になるが、この沢渡りは自然な風景で庭園と溶け合っている。
F玉かん式庭園である:北宗画に範をとった様式で深山幽谷の景、そこには渡るに渡れない不安定な橋が高く架かっている。この様式は上田宗箇の世界だ。
G阿波の青石:いたるところに垂涎の的である青石が採用されている。但し鶴島、亀島には変化を持たせるために使われていない。
H庭園そのものの特徴ではないが、庭園内を自由に回遊することが出来るので、直接に石組みを観察することが出来る。専門知識を吸収した博物館員が丁寧に説明をしてくれる。また拝観料も50円!文化遺産はこのようにありたいものだ。
千秋閣を語ることなく、庭園を語ることなかれ!
と云えるくらい、豪華な立体造形と完璧メンテナンスされた庭だからです。先ずはその概要です。

鶴島と亀島を結ぶ豪華な石橋(背後には蓬莱山)


復元された鶴島の造形。これぞ上田宗箇と云えるオリジナルの鶴島
金地院の小堀遠州による鶴島と双璧と云えると思います。

枯流れ
枯山水部分の最も深部にある上田宗箇の傑作:自然を超えた第二の自然=超自然

絢爛豪華な護岸石組

上記中心部の拡大


沢渡付け根部分の石組

上田流の「龍門瀑」の発見:左側の黒い石は鯉魚を象徴、右側の濃緑色の龍頭石、中央の白い石は龍の玉を表していると思われる。即ち鯉魚が龍に化身した様を象徴した造形である。

これほどの鶴島石組みはどこにもない         前代未聞の巨大な石橋

鶴島側橋脚部

亀島側橋脚部

上記拡大

裏側の亀島側橋脚部

裏側の鶴島側橋脚部

鶴島と亀島に向かい合う護岸部の蓬莱山下部

蓬莱山上部

峡谷への激流の様

激流                              沢渡りから見る舟石

護岸石組

護岸石組には最高級の石が使われている

三尊様式に組まれた枯滝と舟石

沢渡の絶景

日本一の圧巻の沢渡(俯瞰して石の美しさと配置の見事さを堪能する)

蓬莱山の洞窟を兼ねた亀島への石橋

亀島と鶴島(奥の島)

絢爛豪華のの上もなし

▲大石橋(右側)は途中で折り、切石橋(左側)と合わせて三橋としている

▲橋の取り付け部(鶴島)意匠は豪快だ 大橋は10.5mあるが7:3で折っている

▲橋の取り付け部

▲怪物のような橋  自然石のように見えるが切り出しの鑿の跡がある

▲亀島から出島にかけては6mの切石、出島から陰陽和合の山に向かって3mの橋が架かっている.。この庭は豪華な橋が7橋もあり回遊が楽しくなる。

重厚な護岸

▲子孫繁栄の陰陽石  陽石のほとばしる精液と亀頭のリアルなこと。まことに珍しい陰石

▲鶴島石組み(右側の垂直の石は鶴の首、左側の富士山形の石は羽石)

▲鶴島に向かい合う出島は亀の意匠だ

▲渓谷の様  右端の石橋は玉かんの橋(但し渡るに渡れない橋ではなく回遊用)

▲玉かん流の庭は上田宗箇の世界

▲人跡未踏の渓谷の洞は作薬に適している

幾重にも組まれた護岸と洞窟

▲鶴島への沢渡り(鶴島より)  この沢渡りは日本庭園で最も豪華ではなかろうか


▲亀島と鶴島をつなぐ橋  豪華絢爛  奥は枯山水への道

▲鶴島細部 蓬莱山の鶴島にも洞窟がある。右側の巨石は羽根石

▲仙人の住まう蓬莱山(鶴島、亀島)には直接橋が架かる。このような風潮は桃山時代の特徴
  手前から亀島に架かる橋の石は皺があり湾曲していて、洞窟状になっている。仙人の住む蓬莱山の雰囲気。亀島は多孔質の石で覆われている。

▲手前の岸から亀島、鶴島を望む

▲二重、三重の護岸は圧巻

▲自由奔放に組まれ、石は変幻自在に遊んでいる

▲沢渡り

巨大な舟石と枯滝か
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