石清水八幡宮 重森三玲の庭 社務所庭園(昭和27年)   鳥居の庭(昭和41年)
京都府綴喜郡八幡町  社務所庭園は拝観希望の場合は社務所にてお願いする
 戦後の混乱期も一応の収束を向かえた昭和27年の作品である。
戦後、最初期の庭はどのように作られたであろうか。戦時中はもちろん、戦後でも庭園を造る経済的余裕も無かった。重森はこの時期は著作に傾注していた。さてこの神社の庭を何と考えたらよいであろうか。鳥居をくぐった所に旧鳥居の残骸が転がっているのである。台風で壊れた大鳥居の残骸を利用して作ったものだ。日本庭園といえば、川があり、水が流れ、庭石があり、苔が生えている、といったイメージとはかけ離れている。戦後に資材が無かった時代であればこそ、いわば廃材を使って全く新しい概念の庭を作ったといえまいか。現代の眼から見ても抽象芸術ともいえる作品だ。私は重森の庭をずいぶん拝観したつもりでいたが、平成18年になって初めて拝見し、その斬新さに驚くとともに、近くにいながら拝見できなかった自分を悔んだ。

社務所庭園
 三方を高い塀に囲まれた小さな場所は重森理想の空間である。
 年間100回以上も使用されている場所のため、重森は中央部を避けて四隅に石組をした。しかし石組同士が有機的関連をもって組まれているため充実した高密度の空間である。
 また、戦後の物資が乏しい時に作ったため、山上に転がっていた石を集めて庭作りを余儀なくされた。重森らしからぬ質素な石である。しかしこの質素さこそがこの庭を輝かせていると思う。目立たぬ路傍の石の個性を生かしながらの有機的組み合わせである。
 私は小さな石が隅に押しやられて転がっている感じを受けた。しかし要の石を次々に認識するにごとに、石は大きく感じだし、空間は林立する石柱に満たされる感じになった。
例えば
@中央の小石は全体の石具組の要である。
Aこの小石は方向性があり東北にある三尊石に向ってる。と言うことは鯉魚石である。
B灯篭は鎌倉時代の重要文化財であり、十五石の一つである。
C灯篭下にある小石は対角線上にあり反対隅の石組に関連付けている。この手法は龍安寺からヒントを得たのではないか。
D門をはいって左隅にある石と小石は庭全体の石組を重く受け止めている。この手法は龍安寺の左隅にある石組との類似性が感じられる。
E門を入って右側の石組は灯篭に向かって動的に組まれている。この空間が静的ならないように変化を持たせている。特に一石は灯篭と反対向きに組まれ気になる石だ。

鳥居の庭
 昭和36年の第二室戸台風で倒壊した鳥居の残骸を使用して作った庭である。
廃物利用で有名な庭と言えば東福寺の北斗七星の庭と、小市松の庭であるが、当社の庭は完全に破壊された将に我楽多で完全なる廃物である。このオブジェの造形は重森特有の才能が表れているのではないだろうか。角柱、円柱の破断面は重森の好む欠損部のある石であり、刳りぬかれた溝は近代的な造形だ。傾けて立てた角柱の危うさと、破断面の面白さは滅びるものの美しさと言えまいか。

▲重森理想の空間。三方を塀で囲まれた空間に石組みされている。
 この空間は禅寺でいえば方丈南庭のような広場で、年間に100回以上も神官約10名がが著列し参進する場所である。そのため中央の要石はやや右側にすらしてある。

▲山上に転がっていた路傍の石を見事な造形にした。手前のやや大きめの黒い石とその傍らにある小石は龍安寺の左隅にある石組との類似性が感じられるが、庭全体の石組を重く受け止めている。

▲火事になった社務所に作られた。山の上ゆえ、戦後の機動力が無い時代なので、付近の石を集めて作られた。しかしテーマは八幡宮は海神である事に因んで白砂なの海洋に浮かぶ海島的表現をした。灯篭を含めて15石である。

▲灯篭左下の小石は対角線の石組に向かっていて有機的な繋がりを持たせている
 また中央の小石はに要になる重要な石

▲中央の小石は北東の三尊石に向かっている。たいへん可愛い鯉魚石だ。
 石清水八幡宮は御所の裏鬼門に当たり皇室の篤い崇敬を受けている。

▲三尊石に向かう鯉魚石

▲三尊石からの景

▲右隅より正面に向かう景
 灯篭下の小石は対角線上の石組に向かい、中央の小石は三尊石に向かっている。
 小さな空間であるが石組が有機的に関連付けられていて、充満した空間だ。

▲全体的に灯篭に向かって石組みされているが、手前の石は素知らぬ顔して反対側を向いている。

▲灯篭は鎌倉時代の重要文化財である。参道にあったものを重森が十五石の一つとした。
 灯篭左側の富士山型の石に直交した小石は重要な石で対角線上の石組に誘導している。この手法は龍安寺の壁際にある小石と類似した手法である。

▲灯篭下の小石は対角線方向の石組に誘導している。

▲書院回廊部からの景色はこの庭が四階の屋上であることを実感させる。

▲雑草を刈ると、その斬新な構造が姿をあらわした

破壊された石柱の美しい破断面。傾斜した石柱。廃物利用もここに極まれり、である。

▲上記庭園とは反対側にある庭

▲鳥居をくぐって右側にある庭は草木が生い茂ってしまい、意識してみないと気付かないのが残念だ。

▲大きな楠が社殿を覆っている

▲神社参道の付近にある鎌倉時代の五輪塔。実にデカイ
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