西山家の「青龍庭」 重森三玲の原点(昭和15年)  登録記念物(名勝)指定(2008/5/17)
大阪府豊中市岡町南2-14-55  電話:06-6852-3116 拝観は個人のお宅なので電話にて了解を得る事
当庭園の歴史的な特徴
@昭和15年に作られた最初期の庭。重森の原点とも言うべき庭である。
A東福寺・方丈は昭和14年に作られた枯山水庭園であるが、翌年に個人のお宅にも枯山水庭園を作った。しかも従来、池泉式の庭があった。
B重森は昭和9年と12年に春日神社の庭を枯山水で作ったのを皮切りに、昭和14年に東福寺、15年に当家の庭を枯山水で作った。これは偶然とはいえず、当初から日本庭園に関する強固な意思があったと思われる。
C重森は古典を研究したが、枯山水の原点とも言うべき大徳寺・大仙院の庭の気風が漂う

当庭園の特徴
@枯山水回遊式で独創的な様式(既存の池泉庭園を枯山水にした)
A三尊式の龍門瀑をテーマとし、鯉魚石の鯉が変身し龍になった様を表している。白州による川の流れを龍の姿に見立てた庭は他には見当たらない。全くの独創である。
BS字形の龍は庭内を所狭しと暴れまわり、天に上昇しようとしている。
C庭園の原点である建築と一体になっている。各部屋からは夫々の趣を楽しむ事が出来る。
 〈母屋、回廊、洋館、離れ座敷、茶室)
D大徳寺大徳寺・大仙人院や重森の処女作である生家の庭からインスピレーションを受けている。
E重森による個人所有の庭園の原点とも言える(林立する石柱、豪快な橋、白砂による流れ)。
諸建築の建設時期
@洋館は大正初期に竹中工務店により建設されたものである。昭和15年に暖炉、内装を三越の岡田氏が設計した。
A離れ座敷、茶室は昭和4年に地元の河崎組が建て、昭和15年から渡り廊下、茶室、玄関などの改造、内装を三越の岡田氏の設計の下でなされた。

▲離れの座敷から見た庭

▲青龍庭全景  奥に龍門瀑風の枯滝があり、そこから龍に見立てた川が流れている

▲S字型の川の上に低い橋(緑泥片岩)が日本架かっている

▲龍の化身に見立てた流水には日本の橋が架かり、形の良い舟石が配されている。この構成は大仙院の構成そのものだ。

▲最上段の滝には鯉魚石が飛翔していて、将に龍に化身する.二段目の滝の下には沢渡り石が二石配されている

▲流れ蹲踞.。灯篭横にある縦石は、苔寺の龍淵水の鏡石に倣ったもの。重森の蹲踞ははじめから禅の気風である。

▲片身替りの栗石

▲茶室から望む庭園は奥行きが深い

▲大正の初期に建てられた洋館からも庭園が俯瞰できる

▲洋館からの俯瞰写真

▲母屋から洋館への回廊。此処からも木々の間から庭園を垣間見る事が出来る

▲洋館の建つ築山の石組み

▲渡り廊下手前の石組み

▲向月台風の砂盛りを取り囲む石柱群と背後の築山
 
▲青石の舟石は形、色とも申し分ない         ▲枯滝左側には巨大なトラ目石が異彩を放つ
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